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は じ め に
人工膝関節周囲感染症は難治であり,現在,超高齢社会を迎え手術数は増え,感染数も増加することが予想されており,感染率を低減させる対策が必要であると考えられる.本稿では,感染予防対策の一つとして,抗菌成分配合洗口液による口腔ケアに注目した.
口腔衛生状態が不良であると,人工関節周囲感染症のリスクが高く,術前にう蝕や歯周病などの口腔内の問題を解決しておく必要があることを,整形外科感染症国際会議のコンセンサス(ICM2018)でも推奨している1).一方,歯科領域での口腔ケアの現在の考え方を調べると,ブラッシングなどの機械的コントロールだけでは不十分で,抗菌や抗炎症作用をもつ洗口液などの化学的コントロール(化学的殺菌)を併せて行うことがきわめて重要と考えられている2).化学的コントロールの代表として洗口液がある.グルコン酸クロルヘキシジンやトリクロサン含有など,多数の洗口液が販売され,用法もすすいで吐き出すだけであり,処方箋も不要でコンビニエンスストアなどでも簡単に入手できる.洗口液の有効成分に殺菌作用があり,グルコン酸クロルヘキシジン含有洗口液では,使用後最大12時間まで唾液中の細菌増殖が抑制された3).グルコン酸クロルヘキシジンを歯間部に塗布すると,最大24時間唾液中に溶出され,2および4時間後にStreptococcus mutansの増殖は対照群に比べ,46%および33%抑制された4)など殺菌作用の有効性を示す多数の報告がある.また,抜歯などの歯科治療を行うと,口腔内細菌が血管内に流入し菌血症となり,血液中の細菌は高速度で全身を循環し,1時間以内に肝臓で処理されると報告され,歯石除去などの簡単な処置でも,軽度熱発やC反応性蛋白(CRP),IL-6の上昇など一過性のサイトカイン血症が発生することも報告されている5).これに対し,歯科治療前に洗口液を使用することで菌血症陽性率が低下することが証明され,米国疾病管理予防センター(CDC)の歯科医療のガイドラインでは,歯科治療前の洗口液による口腔洗浄を推奨している6).
外科手術後における感染起炎菌の術野進入経路については,落下細菌など外部から菌が進入する外因性感染と患者自身が保菌している菌が術野に進入する内因性感染の二つが考えられている.Perlらは一般外科,婦人科,脳外科,心臓外科での手術後感染例で,感染部位から検出された起炎菌(黄色ブドウ球菌)の84.6%が,本人の鼻腔内の黄色ブドウ球菌と遺伝子分析で一致したと報告7)し,整形外科領域でも,Skråmmらは手術後深部感染にいたった鼻腔内黄色ブドウ球菌保菌者の85.7%で鼻腔内と感染部位からの分離株が遺伝子レベルでの相同性を認めたと報告8)しており,内因性感染の存在が示唆されている.鼻腔から術野への菌の進入経路はいまだに解明されていないが,その経路の一つとして,手術時全身麻酔での挿管・抜管操作による気道・鼻粘膜損傷によって血行性に術野に達する可能性が考えられている.Valdésらは,経鼻および経口挿管後30秒で血液培養を行うと,経鼻患者の11.8%および経口患者の12%に菌血症を認めたと報告している9).
挿管チューブやラリンゲルマスクは,舌を含む口腔から咽頭を通り気道に達する.鼻腔,口腔,咽頭,気道は連続した組織で,その粘膜部分は傷つきやすい(図1).口腔内には数千億~1兆個の細菌が存在し,その多くは口腔内粘膜や舌・咽頭部・唾液に生息している.挿管チューブやラリンゲルマスクは,ここを通過することになり,その際に粘膜損傷が起こり,傷ついた血管から細菌が血液内に進入することが考えられる.一方,術野ではメスが入り血管が傷つけられ,血液内に運ばれてきた細菌が術野内に達することが考えられる.抜管やラリンゲルマスクを抜去する際にも再び粘膜損傷が発生し,血管内に細菌が進入し,術野は閉創されているものの術後血腫は避けられないので,術野に細菌が進入することが考えられる(図2,3).
以上により,術前に口腔内細菌数を減らしておくことが術後早期の感染予防につながるものと考え,周術期の洗口液による口腔ケアを行った.

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