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1994年 7月, 当時所属していた月田承一郎教授(故人)の研究室が愛知県岡崎の生理研から京都大学医学部の旧医化学講座に移動することになり,助手だった私と大学院生二人が先発隊として移動した.移った先は石の壁,木の床で非常に天井の高い古式ゆかしい研究室であった.次年度から新しい建物に移ることが決まっていたのであるが,最後の半年間をその由緒ある京大医化学講座の部屋で過ごしていた.その年の暮れか,年が明けたある日(阪神大震災の直前),まだあまり番号が知られていない研究室の電話が珍しく鳴った.受話器を取り上げると月田研で学位を取りアメリカに留学した船山典子さん(現 京都大学理学部准教授)からの国際電話であった.当時 e-mailなどはなく,海外との通信の基本は FAX .国際電話がかかってくるのは一大事である.「永渕さん,変異型β -カテニンの遺伝子をカエルの卵に打つと二次軸が誘導されるんです.さらに野生型や変異型のβ -カテニンが核にも局在するんですが,どういうことなんでしょう? こんな結果,論文に書いてもよいでしょうか?」という内容の電話だった.当時はまだβ -カテニンはカドヘリンと複合体を作り,細胞間接着において機能する分子であり,過剰発現による二次軸誘導の分子機構や核局在の意味など,とんと見当もつかない.「よくわからないけど,実験結果が正しいんだったら,記載しておくべきだろう」,とか何とか言って電話を終えた.今から考えれば Wntシグナルにおけるβ - カテニンの機能を直接示した初めての実験結果である.彼女はすばやくその結果をまとめ 1995年 3月には JCBに論文を発表した.その後,あっという間にβ -カテニンのシグナル伝達における機能,発がんにおける機能が明らかになり,人々の注目を集めるようになった.日本でも本号の監修をしておられる菊池 章さんをはじめ多くの著名な研究者が Wntシグナル伝達や発がんにおけるβ -カテニンについて研究を進めた.いつしかβ -カテニンはカドヘリン結合因子としてより, Wntシグナル伝達因子としてのほうが有名になってしまった.
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