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◆「実体験」の重みを感じています。後輩,新人への指導の際に,「自分はこう指導され,それが良いと思っている」という経験則から離れられないのです。
弊社は,社員のほとんどが中途採用者で構成されるので,社会人になって最初に受けた教育・指導も皆,バラバラ。数人で新人教育の方針について話し合ったのですが,各自の実体験を語るだけ。それぞれに「なるほど~」と思うことはありますが,どれも確固たる理論があるわけではありません。
しかも,“教える”というのは相手のある話で,それぞれの個別性とタイミングに応じて,アプローチを変えなければいけない。そんなことを考えていると,「べつに,私,教師じゃないし…」と,投げ出したくなります。
◆一般に「先生」と呼ばれるのは,医師,教師,弁護士(=法律家)くらいです。この「先生」方は,明確な理論的根拠をもとにしつつも,個別の対象それぞれに適した実践が求められる点が共通しています。私が本物の教師であれば,後輩たちにも,きちんとした根拠を踏まえ,それぞれに対応できるのかも。
ある学会で,医療裁判に関連して元最高裁判事が,過去の判例はもちろん重視するが,裁判の判決は個別の状況に対して出すものだ,という主旨の発言をしていました。これを聞いたとき,この個別性への対応が何よりも難しく,だからこそ,その専門職の人は「先生」と呼ばれるのだ,と思いました。
◆根拠にもとづく医療(EBM)が日本に上陸したとき,「一人の経験則にもとづく医療」がEBMの対極に位置付けられ,槍玉に挙げられていました。しかし,RCTやメタ解析を追いかける熱から冷めて見えたのは,“明確な”根拠など,ほんの少ししかなく,個々の患者には,その時・その状況で最善と信じる実践をするしかない,という現実でした。EBMのステップ4「患者への適用」です。
患者への適用を考えるとき,今あるエビデンスをベースに置くのは当然ですが,経験則も大きな意味があります。個別性に説得力を与えるのは,「先生」の実体験だからです。ただし,「一人の実体験」に限界があるのも事実。自分が経験していないだけで,もっといい方法は,きっとあります。だからこそ,エビデンスを探すのでしょう。
◆LiSAは執筆者の実体験の塊です。時折,「LiSAの記事はEBMっぽくない」という意味の指摘を受けますが,実は,ステップ4を語っているのです。読むだけなので実体験にはなりませんが,疑似体験をすることはできます。このLiSA体験も,EBMにご活用ください。
◆ところで,もう一つ,政治家も「先生」でしたね。でもこれは無視しましょう。この場合の「先生」は,多くが,夜の繁華街で客引きが用いる「よ,社長!」と同義ですから。
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