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■バロック音楽が好きだったこともあり,ブリュッヘンのオリジナル楽器による演奏はよく聴いていました。作曲された当時の楽器と奏法を再現する「古楽器奏法」をいつの頃から「ピリオド奏法」というようになったのかは知りませんが,この「ピリオド奏法」,今や翻訳の分野においてもいわれるようになったのには驚きです。光文社古典新訳文庫,カフカ『変身/掟の前で』(丘沢静也訳)です。その帯には「カフカがカフカになった:最新の〈史的批判版カフカ全集〉をピリオド奏法で」とあります。
で,どういうことかというと。これまで出された翻訳書には,読者の読みやすさを配慮した,訳者による変更が大なり小なりなされている,といいます。文章の削除,長文の短文への分解,原著にはない改行です。「白水社の『城』では,例のワンセンテンスを,7つの短文で処理している。短文をうまく連ねることによって,意味がすっきり伝わり,リズムも生まれている。しかし,改行を翻訳に反映させることは簡単なのに,なぜオリジナルの段落を無視したのか。たぶん,日本の文芸物の慣習にしたがって,読みやすくしようと思ったのだろう」と訳者は,「カフカより高いポジションに立って翻訳したような大胆さ」のためにカフカのカフカらしさが損なわれていくことを指摘します。そして,「自分の慣れ親しんできた流儀を押し通すのではなく,相手の流儀をまず尊重する」こと,「カフカの翻訳にもピリオド奏法の時代がきた」と主張するのです。
文章の削除があっても,実際のところ,誰かに指摘されるか,原文と対比してみないとわからないところもあり,何をもってオリジナルの忠実な訳とするかは,問題もあります。原文が悪文なら,翻訳も悪文でなければならない,…か。まあ,原文にあるものがすべてそろっている,ということは一つの目安かもしれません。いずれにしても,安易な“読みやすさ”の追求は,原文の味を損ねかねないことには間違いはないでしょう。もっとも,同じ古典新訳文庫の,“一気に読みきることのできる翻訳を目指した”『カラマゾフの兄弟』は,確かに面白く,一気に読んでしまい,訳者による『「カラマーゾフの兄弟」続編を空想する』まで購入しました(まだ読んではいません)。
オリジナルと翻訳の関係を考えていたら,ジェネリック医薬品のことを思い浮かべてしまいました。オリジナルである先発医薬品と,翻訳,すなわち後発医薬品であるジェネリック,はたして同じと考えてよいものか。同一成分,同一効果とはいうものの,はたしてそのとおりなのか。使ってみるとずいぶん違う,「きかない」という話も聞きます。単に気分の問題か,例えば製造過程における何らかの問題があるのか。一般名は同じなのに,まず単行本で出版され,しばらくして文庫で出てくるのとは訳が違うようです(文庫本には,値段が安いうえに,解説というおまけが付いています)。医療費削減のためにジェネリックを推奨するコメントを著名人がするCFには,どうしても違和感を覚えてしまいます。著名人とそのソックリさん,二人が「私たち,まったく同じです」と言うのであればまだしも…。
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