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Ⅰ.はじめに:拡散現象の統計物理学
水にμm程度の微粒子(本稿ではトレーサー粒子と呼ぶ)を浮かべたとき微粒子はランダムに運動し,徐々に初期位置とは異なる場所に拡散していく(図1A)。これはブラウン運動と呼ばれる拡散現象であり,物理学のみならず様々な分野(例えば化学,生物学,金融)で普遍的に観測される1)。Einsteinのブラウン運動の理論によれば,物理におけるブラウン運動が発生するミクロなメカニズムとは,水分子の熱運動に起因する。すなわち,平衡状態にある水分子がランダムにトレーサーに衝突することによって,微粒子が拡散していくとされる(図1B)。このような理論的枠組みは分子運動論と呼ばれており,少なくとも平衡系においては統計物理学で洗練された枠組みが確立している2)。
一方,非平衡系におけるブラウン運動を理解する理論的枠組みはまだ確立していない。例えば,アクティブマター系のような生命現象における拡散現象を考えてみよう。ここでいうアクティブマターとは,内部にエネルギー源を持ち,そのエネルギーを利用することで運動する物体・物質のことである。例えば,自由に空を飛ぶ鳥のような生物や,クラミドモナスなどの遊走微生物などがこれに該当する。このようなアクティブマターの個体が多数集まって構成される系をアクティブマター系と呼ぶことにする。アクティブマター系はアクティブマター内部のエネルギーを消費・散逸することで維持されている非平衡定常系であり,このような非平衡系の拡散現象を従来の平衡統計物理学の枠組みで理解することはできない。
そこで,筆者はスイス・英国の研究グループ(Tomohiko G. Sano,Andrea Cairoli,Adrian Baule)と共同で,アクティブマター系の拡散現象を理解するための非平衡統計物理学の理論を研究した3)。特にレヴィ・フライトと呼ばれる異常拡散(図1C)に焦点を当て,レヴィ・フライトが生じるミクロなメカニズムを説明する統計物理学の理論を提案した。本稿では文献3に沿って,そこで提案された理論の解説を行う。
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