Japanese
English
特集 脳神経回路のダイナミクスから探る脳の発達・疾患・老化
痛みと神経可塑性
Neuroplasticity in the brain pain network
加藤 総夫
1
Kato Fusao
1
1東京慈恵会医科大学神経科学研究部
キーワード:
慢性痛
,
扁桃体
,
腕傍核
,
nociplastic pain
,
サバイバル生物学
Keyword:
慢性痛
,
扁桃体
,
腕傍核
,
nociplastic pain
,
サバイバル生物学
pp.38-42
発行日 2019年2月15日
Published Date 2019/2/15
DOI https://doi.org/10.11477/mf.2425200945
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“痛み”は,個体の生存可能性を向上させるうえで最も中心的な有害状況警告機能である。ヒト先天性無痛無汗症患者は,外傷,熱傷・凍傷,骨折,脱臼,そして関節破壊などを繰り返し,生命もしばしば脅かされる1)。ショウジョウバエのpainless遺伝子に変異を持つ幼虫は,高温に対しても逃避行動を示さず熱傷を負い死亡する2)。カンブリア紀のアノマロカリスや三葉虫の化石の多くには,硬い殻を捕食者に噛みつかれた跡が残っている3)。身体の傷害を検出してそれに対応・適応する能力は,生物が脳や目を獲得した5億年前ごろにはもう備わっていたと推察される。
このように,進化で獲得された有効な生存戦略であったはずの痛みであるが,人類の医療のコンテクストでは,その苦痛ゆえに,解決・解消・緩和されるべき問題となり,医療機関を受診する最も頻度の高い動機になっている。有害状況の警告である以上,“苦しい”負の情動価値を持つことは当然であり,しかもその優先度の高さは,食欲や性欲などの行動や思考,学習,そして社会活動や日常生活にも影響を及ぼす。更に,過去の痛みの記憶や今なお続く痛みの苦しみ,そして将来の痛みの回避など,時間を超えて動物の行動や意思決定に影響を及ぼし続ける。ここに神経可塑性が関与することは言うまでもない。この痛みの問題の複雑さを理解することは,臨床医学のみならず,ダーウィン的な意味でのサバイバル機構の生物原理の理解のためにも必須である。
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