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大気の約1/5を占める酸素は生きていくうえで不可欠であり,その枯渇は生体に良悪両面の影響を与える。低酸素環境は生体内で生理的に存在し,組織幹細胞の維持に重要な役割を果たしている一方で,がんの悪性化にも深く関与することが知られている。
細胞の低酸素応答において特に重要な役割を果たすのが低酸素誘導性因子1(hypoxia-inducible factor 1;HIF-1)である。HIF-1はαサブユニット(HIF-1α)とβサブユニット(HIF-1β)から成るヘテロ二量体の転写因子で,その活性は主にαサブユニットの発現量と活性に依存している。HIF-1αの発現は増殖因子の刺激などによって転写,翻訳レベルで誘導されることが報告されてはいるが,HIF-1活性の調節において最も重要なメカニズムは,酸素,α-ケトグルタル酸(α-KG),Fe2+依存的に活性化するプロリン水酸化酵素(PHDs)とアスパラギン水酸化酵素(FIH-1)によるHIF-1αの修飾である。酸素存在下でHIF-1αは,PHDsによるプロリン残基(P402,P564)の水酸化を引き金に,von Hipple-Lindau(VHL)を含むE3 ubiquitin ligaseによるユビキチン化を受けて速やかに分解される。また,FIH-1によるアスパラギン残基(N803)の水酸化が,転写コファクターp300/CBPのリクルートを阻害し,HIF-1αの転写活性化能が抑制される。一方,低酸素下ではPHDsとFIH-1の活性が低下し,結果としてHIF-1αの安定性と転写活性化能が亢進する。HIF-1はhypoxia-response element(HRE)と呼ばれるエンハンサー配列に結合し,血管新生,糖代謝リプログラミング,転移・浸潤などがんの悪性化に関与する様々な下流遺伝子の発現を誘導する。更に,HIF-1による低酸素応答はがんの悪性化のみならず,虚血性心疾患や糖尿病などにも深く関与し,HIFは様々な疾患の治療標的として有望視されている。
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