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形態・生理学的機能・行動などの表現型の進化的変化は,アミノ酸の配列の変化よりも遺伝子の発現調節の進化的変化の方が強く影響しているという説が1970年代から唱えられている。例えばヒトとチンパンジーといったような比較的近縁な種間ではアミノ酸配列に大きな差は見られないが,形態や能力などには大きな違いがある。この違いはおもに遺伝子発現調節の違いによるという考え方である1)。この説は魅力的であるばかりでなく,これが正しければ,遺伝子発現調節の進化を介して表現型の進化と分子進化が結びつく可能性がでてくるため,進化学上非常に興味がもたれるところであるが,これまでは利用可能なデータが少なかったため,検証が困難であった。しかし近年の遺伝子発現解析技術の発展により,研究に必要なデータが現在蓄えられつつあり,まさにこれからこの研究が世界的に進み始めようとしているところである。
遺伝子発現の進化の研究においても,マイクロアレイによる測定データが使われることが多いが,これには進化学的な解析を行う上で厳しい限界がある。1種類のマイクロアレイを用いて2生物種の遺伝子発現プロファイルを比較する場合,たとえばヒト用のマイクロアレイであるGeneChip HG-U95Aをチンパンジーに適用する場合,HG-U95Aのプローブ配列とチンパンジーのmRNA配列が違えば正しく測定できないので,そのようなプローブを解析からはずす(マスクする)必要がある。オーソログの対応がついており,かつ,プローブがヒト,チンパンジーとも一つの遺伝子にしかマッチしないという条件も加えると,測定可能な遺伝子の数はヒトとチンパンジーの間ですら,測定可能な遺伝子のうちの約56%(未発表データ)にまで減ってしまう。より遠い生物種間の比較はさらに困難である。他方,2種間の発現量を比較するために,それぞれの生物種のために設計された2種類のマイクロアレイを使う論文も発表されているが,一般にシグナル強度はプローブ配列に依存するので,異なるマイクロアレイのシグナル強度の比較は一般に非常に困難である。SAGE(Serial Analysis of Gene Expression)法を使えばこのような問題は大方なくなるが,一方で,SAGE法はタグ配列が短いため遺伝子とタグとの間の対応がはっきりしない場合が非常に多い(一意的に測定可能な遺伝子はヒトUniGene#191クラスタ54,576個のうちのわずか19.3%)という問題がある。
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