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真核細胞のタンパク質は,通常いくつかのドメイン構造(触媒活性などの機能的ユニット)から構成される。ドメインはさらに細かなモジュール構造を含む。モジュールとは本来は機械の部品などを意味するが,タンパク質においては15アミノ酸程度の立体構造をもった構造に対応し,しばしば機能的なユニットと想定される。重要なのは,高等動物などの遺伝子に含まれるエクソンは個々のモジュールに対応していることが多く,またそれらは新たに遺伝子に導入された機能ユニットと考えられるケースが多い点である。例えば,ヘモグロビンの第1エクソンは1番目のモジュール構造に,第2エクソンは2番目と3番目のモジュール,第3エクソンは4番目のモジュール構造に正確に対応している(郷通子博士の発見)。イントロンによって分断された遺伝子構造は,高等な真核細胞においては新たなドメインを獲得した進化的プロセスを示しているとも考えられる。ここでは,新規ドメイン(もしくはモジュール)が別の遺伝子に組み込まれた実例,モジュールに対応するエクソンが新たに組み入れられる進化的プロセスなどについて概説する。
原核細胞では基本的にはイントロンはなく,下等な真核細胞の出芽酵母では300ほどしかイントロンは存在しない。一方,ヒトではイントロンは22000の遺伝子の95%に見られ,ゲノムの数十%を占める。イントロンはエクソンを持ち込む「場」を与え,組換え(イントロン間の組換え)や転移因子(イントロンへのエキソンの持込み)の働きにより,ほかの遺伝子から新たなエクソン(モジュール)を導入(エクソンシャフリングと呼ばれる)した足跡を示している1)。つまり,ヒトなどの高等な真核細胞のイントロンの多さは,遺伝子機能の多様化と複雑化に対応したものと思われる。一方,かつて約15万と見積もられたヒトの遺伝子総数は,実際には線虫やシロイヌナズナの遺伝子総数と大差なかった。これはヒトの複雑な生命活動を説明するのに一見矛盾する事実と思われるが,ヒトゲノムでは,新たに獲得した転写制御領域を介した遺伝子ネットワークの複雑化に加え,選択的スプライシングによって多数のモジュール的エクソンを使い分けられる点で,線虫などと差別化できる。イントロンや転移因子の存在は,高等真核細胞の遺伝子機能の複雑さの起源を解く鍵となっている。エクソンシャフリングによって遺伝子の多様な機能が獲得されたのは,おもに多細胞生物となってからであり,特に脊椎動物の進化においては極めて重要な役割を果たしたと考えられる。極めて巨大なDNAの収納を可能とするクロマチン構造により,真核細胞はイントロンや利己的遺伝子に免罪符を与えるかわりに,それらの存在により極めて多様な遺伝子機能を獲得するのに成功した。
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