連載 職場のエロス・18
月夜の点す紅
西川 勝
1
1京都市長寿すこやかセンター
pp.64-65
発行日 2003年11月15日
Published Date 2003/11/15
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1689900643
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九十いくつの歳月が,小さな肩に降りつもり,腰はおろか背中まで,やんわりじっくりたわめられ,かくも縮んだ姿になり果てた。つぶらな瞳は乙女のままに,無数の皺が穿つ肌。しゃがれた声もことばにならず,なにを言っても泣き声もよう。枯れ木のような細腕に,しみと痣とがへばりつく。何を思うか,ふと差し出す手。「おみゃあ,おみゃあ」と,ぼくを呼ぶ。
車椅子にすわれば,胸と膝が合わさるツヤさんである。朝の食堂に,静かにすわっている。ぼくは斜め前にしゃがみ込み,首をかしげて覗き込む。床しか見えないツヤさんが,ぼくに気づいて泣きそうな顔になる。1本の歯もない口元が,にわかに動きはじめて声を出す。かすれた声が,遠いところから吹く風のように届く。ひんやり乾いた腕をなぞりながら,夜中の出来事を思い返していた。
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