連載 介護することば 介護するからだ 細馬先生の観察日記・第22回
「ホーム」という「家」
細馬 宏通
1
1滋賀県立大学人間文化学部
pp.408-409
発行日 2013年5月15日
Published Date 2013/5/15
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1688102503
- 有料閲覧
- 文献概要
からりと、広いリビングの引き戸を開ける音がする。見ると、オオカワさんがリビングの入口に立って、あたりを見回している。引き戸の音で顔をあげたアリヤマさんは、日誌を書いていたペンを置いて、オオカワさん、と呼びかける。オオカワさんはちょっと顎をあげて、アリヤマさんのうしろ、リビングの奥にあるトイレのほうを見る。オオカワさんは自力で歩けるけれど、トイレには介助が必要だ。「あ、トイレね」と答えるアリヤマさんは、指されるよりも早く何のことか判っていたらしく、もう立ち上がってアリヤマさんのほうに歩き出しかけている。私はあわててメモをとる。
介助が終わったあとでアリヤマさんが「何か変わったことありました?」といたずらっぽく笑って、私のノートを覗き込む。覗き込まれても、そこに書いてあるのは、オオカワ、アリヤマ、リビング、電車のプラットフォーム、という走り書きと、ただの四角と斜めの線だけ。「いやいや、いつもやってはることなんですけど、オオカワさんが引き戸のところで立ってたのが、電車を待ってるみたいやなと思って……」と言い訳のように答えると、「ほな、私は電車でっか」とアリヤマさんが笑う。
Copyright © 2013, Igaku-Shoin Ltd. All rights reserved.