連載 わが憧れの老い・5
フランチェスカとオルガ 心の地下室を開いて得た充足の老い
服部 祥子
1
1大阪人間科学大学
pp.150-155
発行日 2007年2月15日
Published Date 2007/2/15
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1688100397
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心の地下室を開く―しめくくりの前に
久しぶりに山を歩いた。以前,真夏に同じ山の木立の中に足を踏み入れたことがある。その時私は,木の生命力が圧倒的な力をもって迫ってくるのをまざまざと感じた。ことに育ち盛りの若木は,つやつやした葉を茂らせ,「もっと大きく」「もっと太く」としゃべり出しそうな勢いで伸び上がり,幹に耳を当てると,どくどくという鼓動に似た生命の流れが聞こえてくるような気さえした。
ところが秋が終わり,冬の季節を迎えた今,同じ森にいるのにあの激しさがうそのように静かであった。とくに老木は疲弊と衰弱を内に秘めて,こわばった膝を何とか伸ばすようにして,それでも辛抱強く黙々と立っていた。その姿からは夏の若木のような生命力は到底感じられないが,ずしりと思い存在感があった。活力を失い,外に伸びることは少なくなっても,根っこの地下室に貯えてきたものを頼りに,腰を据えて生きる営みが始まったかのようであった。
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