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はじめに
患者は医療にさまざまなことを期待しているが,そのなかで共通していえることは,医療を受ける過程で不必要な苦痛は受けたくないということであろう。それは,医療従事者にとっても同じである。ヒポクラテスの「First do no harm(何よりも害するなかれ)」の言葉通り,患者の健康が悪化することを意図する医療従事者はいない。医療では「意図のエラー」はない,といわれる所以である。しかし,残念ながら現実には意図していなくても,有害事象は発生する。
医療におけるさまざまな行為のばらつき,例えば,処置のやり方や薬剤の選択,ペンローズドレーンを何日目に抜くかといった差異は,長らく「個別性」という言葉のもとに標準化されることがなかった。看護においても,さまざまなケアの方法は看護師個人のやり方に大幅に委ねられていた。
ある米国のCNSによれば,彼女の病院では看護師1人ひとりが異なった方法で口腔ケアをしており,効果・コスト面ともに問題があった。そこで,彼女が簡便で効果的な口腔ケアを標準化することで,病院内の口腔ケアの質は向上したという1)。
今日では,医療の質を向上させるために,経営工学的なアプローチを導入する必要性が理解されつつある。このアプローチでは,単に行為上の誤りだけでなく医療安全に関連するさまざまな問題,例えば,患者の待ち時間の遅延やクリニカルパスのバリアンス,薬剤の副作用の発現といった事象も扱われる。これらはいずれも医療の質を低い状態にとどめる「はずれ値鍵3」であり,改善の対象である。経営工学的なアプローチでは,好ましくない事象が発生するプロセスを明らかにし,ちょうど自動車工場のラインを改良するように,人も含めた提供システム全体を改善することで問題を解決していく。
人間である限り,人は誤りから完全に解放されることはない。それならば,誤りが起こりにくいシステム,誤りに耐えるシステムが必要である。事故対応や苦情管理は重要であるが,医療安全管理には,何より事後的でなく予防的な取り組みが重要である。そのためには,まず部署におけるリスクマネジメントシステムを機能させなければならない。
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