連載 やじうま宮子の看護管理な日々――看護師長でいこう!・15
多少「鈍感」になりましょう
宮子 あずさ
1
1東京厚生年金病院
pp.544-545
発行日 2007年6月10日
Published Date 2007/6/10
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1686100975
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「過敏な母娘」の人生の伴侶は……
私の母は文筆業で……という話をたびたび書いてきましたが,母75歳,娘43歳になった今,しみじみ私たちは似ているなあ,と苦笑する場面が増えました。それはまず,何かにつけて常に過剰であり,「ほどほど」で終わらないこと。何かに好奇心を持ったら,とことんやる。簡単に言えば「凝り性」なのですが,エネルギーとそこそこの収入がある分,費やす時間もお金もかなりのもの。「この時間を使って原稿を書いていたらなあ」「このお金を貯金に回していたらなあ」と,時折計算しては泡を吹きそうになります。
この過剰さは,人間関係においてはある種の過敏さに通じています。よく言えば,周囲を観察する。人の気持ちをあれこれ推し量る。しかしこれはあくまでも好奇心に由来するものなので,配慮,やさしさといった行動に結びつくとは限らないのが,なんとも申し訳ないところなのです。むしろ過敏な分,あれこれ考えすぎて,内面はぐちゃぐちゃ。私の場合は,看護師という社会的な立場があるから,それを枠としてなんとか平静に生きていられるのでしょう。母の場合はフリーの文筆業ですから,感情の表わし方は私よりはるかにストレート。時に腹も立つけれど,枠がない分,ブレーキがかからずつらいだろうなと。年齢とともにそんな見方もできるようになりました。
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