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序論
慢性疾患患者は,療養が長期にわたるという特徴から,その過程で病気の治療に向き合う気力が低下したり,希望がもてない状態に陥ることがある。このような反応は無力感(powerless)とも表現される。無力感は,症状コントロール不能な状態であり,医学的管理のために他の日常生活活動を制限しているにもかかわらず,自己の健康状態に望ましい変化が生じないときに陥りやすいといわれる(Lubkin & Larsen/黒江監訳,2007)。一方,病気の過程で強いストレス状況に陥った後の立ち直り,希望,成長についても知られている(平野,2009;大久保,杉田,藤田,刀根,2012)。慢性疾患とともに生きていく人が,長い経過の中で,いつどのように無力を感じるのかを知り,支援の時期と方法を検討することは重要である。
C型肝炎は慢性疾患の1つにあげられるが,血液感染による感染症であり,病気の始まりは自覚症状がほとんどないため,気づかずに過ごしやすい。いずれがん化する恐れが高いという疾患であり,病態によっては期待に反して治療の効果が得られないこともある。そのため,定期健診などで発見され,診断されると,C型肝炎患者は,診断後は長期にわたり苦悩する体験をもつ。
C型肝炎患者に関する先行文献を概観すると,C型肝炎ウイルス(hepatitis C virus ; HCV)が発見されたのは1989年,インターフェロン(interferon ; IFN)治療が行なわれるようになったのは1992年であり(日本肝臓学会肝炎診療ガイドライン作成委員会編,2012),20年前の当時は,C型肝炎は患者にとって未知の病気であり,情報が少なかった。HCVの治療が確立して以後も,病気の始まりの時期に原因不明の倦怠感に苦しみ,HCV感染の事実と,C型肝炎が一生治らない病気で,いずれ肝硬変や肝がんになるかもしれない病気であると医師に告げられた患者は心理的ショックを受け,今後の生活の見通しに不安を抱く(川口,2004)。C型肝炎の診断を受けた後の長期にわたる苦難(suffering)については,自覚症状がない状態で医師に診断名を告げられ,困惑したり,病気についての知識を集めたり,過去の傷病体験を振り返って感染の原因を探る体験として記述されている(雲,太湯,2002)。
病気と告げられた後に,患者は医療者や知人などから情報を得て,迷いながら治療を受ける決意をする。C型肝炎に対する標準的治療は,発がんリスク低下を目的としたウイルス排除である。ウイルス消失率の高いペグインターフェロン・リバビリン(Peg-IFN/RBV)併用治療が推奨されているが,治療に関連した副作用はほぼすべての患者に認められ,薬剤減量・中止は治療結果に影響する(竹原,2010)。そのため,患者は治癒に期待をかけて,副作用の症状にできるだけ耐えることになる。IFN療法を受けるC型肝炎患者の調査では,治療開始前と比べて開始後1か月から3か月後にQOLが低下し,副作用が多く出現するほどQOLが低下する傾向があった(濱田,宮越,井上,高橋,2005)。これらのことから,C型肝炎患者にとってIFN治療期間中は治療による心身の負担が大きく,日常生活や社会生活への影響も著しい時期であるといえる。
藪下(2010)は,抗ウイルス療法を受ける肝炎患者に対する支援経験から,「情報を得る,意思決定する,サポートを得る,副作用に対処する,生活を調整する,治療や療養を継続する」というプロセスにおいて,患者とIFN効果への期待を共有することが信頼関係につながることを述べている。しかし,C型肝炎患者の治療や療養の継続につながる支援の効果について明らかにした研究はなかった。
筆者は外来看護師として,C型肝炎をもち,外来で抗ウイルス療法を受けていたが家族や知人からの支援が得られず,副作用や日常生活の調整の困難さを抱えていた患者を支援する経験をした。期待に反してウイルス排除に至らなかったが,予定されていた初回治療(24週)をやり遂げた患者は,副作用症状のつらさ,日常生活への悪影響,情緒的に不安になった状態を振り返りつつ,治療の不確実性を受けとめ,次回の治療にかける意欲について語った。そして筆者との面接において,最初は,「多少の副作用があっても治る確率のほうが高いから治療をする」と言っていたが,語りが終わるころには,「治療がきつくても,(ウイルス排除に至る)見込みが少なくても,最後まで治療する」と述べるようになった。
慢性疾患患者の真の困難さとは,いまのつらい時期を乗り越える体験の先に,再び困難に陥る可能性が依然として予測されることにある。したがって,C型肝炎患者にとって副作用症状のつらさに耐えながらも治療をやり遂げることは,ひとつの自信につながり,その後の長い病気の経過の見通しにおいても肯定的な意味をもつと考えられる。
そこで,本事例を「治療の不確実性の受けとめ」という視点で分析することで,C型肝炎患者の療養行動と無力感からの立ち直りの関係を説明しうると考え,研究対象とした。
本研究の目的は,抗ウイルス療法を受けるC型肝炎患者への外来看護支援の経過をもとに,治療の副作用とそれにより生活調整を強いられる混乱から回復した後に,再び治療に向かっていこうとするまでの過程を記述し,それに伴う支援について検討することである。
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