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はじめに
今回で「質的研究を科学する」のシリーズも最終回である。最初の頃に比べると書くスピードが格段と遅くなってきた。これは,テーマがそれだけ難しくなってきたためだと思っている。書きたいことはたくさんあるのだが,どうも言葉で上手く説明するのが難しいことが多くなってきた。最後に書きたかったこととして,テクスト解釈についての構造主義的な言語解釈に基づいて,切片化されたテクストのコード化やコア概念を探索するときに必要とされる直観的推論について考えてみたい。
質的研究におけるテクストの解釈に関しては,すでに述べたように,我々の心・脳構造におけるラング(言語)の体系(構造)の同一性/同型性の仮定が基本的に必要となる(髙木,2009c)。この仮定から,グラウンデッド・セオリー・アプローチ(GTA)(戈木,2008)のような,テクスト解釈でのオープンコード化の初期のプロセスについては,それで説明ができるようになる。しかし,より抽象的でかつ重要なコアの概念を思いつくプロセスについては,あまり上手く説明ができないだろう。このコア概念をどのようにして思いつくのかという点は,いまだに曖昧である。実際には極めて重要なプロセスであるのだが,経験主義的な記述以外には,これといった解説書はなさそうである。
テクスト解釈だけでなく,一般に研究における推論の形態としては,「帰納induction」と「演繹deduction」がよく知られている。質的研究においては,データに基づいて帰納的に推論を行なうとされている。しかし,実際のプロセスは,まず帰納的プロセスによりデータから簡単なモデルを作成し,そのモデルに基づいたデータ収集を行ない,問題となっている現象への適合性を調べたり,新たなデータからモデルを修正したりするという,演繹的プロセスをも含んだ再帰的なプロセスが科学的な質的研究のやり方である。
さらに,コアカテゴリー,概念の発見,モデル構築などにおいては,アメリカの科学哲学者パースが提唱した,第3の推論形態であるアブダクションabduction(仮説形成,跳躍的発想)が重要である。自分なりに考えたアブダクションに関する仮説的理論(?)を最後に勝手に述べてみたいと思う。
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