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はじめに
事故の分析では,70~80%の事例で,「ヒューマンエラー」が決定的な要因の1つであると結論づけられることが多い。さらに,危険な過程が生じるのを防ぐために,事故の防御策がいくつかとられていることから,事故に寄与している多様なエラーや過失がごく普通に発見される。また,事故の「根本原因」はパイロット,工程管理者,電車運転士のように事象の動的な流れに直接関与している個人の側のヒューマンエラーであるとされることも多い。
結果として,安全性を向上させるために,訓練体制を強化したり,労働者の安全意識を高めるために安全運動を導入したり,過去のインシデントや事故の分析で同定されたヒューマンエラーを繰り返さないように作業システムの設計を改善したりといった形で多大な努力が払われてきた。さらに,ヒューマンエラーの研究には相当の資源が費やされ,エラーの観点から人間の行動を定義し,分類するための包括的なプログラムが構築されてきた。しかし,いずれもそれほど成功していない。信頼性の高い「ヒューマンエラー」のデータベースはいまだ存在していないし,人間の信頼性を予測するための評価基準となるような課題は,行動モデルが信頼できないものであるために,推定値に桁違いのばらつきがある(Amendora,1989)。
フリクッスボロー訳注1),ゼーブリュッヘ訳注2),クラッパム・ジャンクション訳注3),チェルノブイリ訳注4)などでのいくつかの大規模な事故の分析によって示されたのは,こうした事故は,独立の事象がたまたま同時に発生したということで説明できるものではないということである。事故は,攻撃的かつ競争的な環境で操業している会社や,時間的・金銭的圧力の下で運営されている組織において,系統だって事故へと移行してしまうことにより発生する可能性のほうが高い(Rasmussen,1993a,94)。このような状況では,成功は,通常の許容される実践の範囲の縁で操業することによって得られる利益を搾り取ることで成り立っている。確立されている実践の境界に挑戦したり,時間的制約や財政難の下での作業を通して利益を追求すれば,必然的に安全な実践の限界を超えるリスクをはらむことになる。同じような状況は,費用効果の面で政治的圧力を受けている医療分野のシステムにおいてもよく見受けられる。
私たちがヒューマンエラーの概念について再考し,絶えず変化し,競争の激しい社会の圧力に対する組織としての反応を形づくるメカニズムを深く分析すれば,医療分野においても,一般の分野においても,より安全なシステムの設計を促進することができるだろう。
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