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はじめに
HTLV-1(ヒトT細胞白血病ウイルス1型)はATLL(成人T細胞白血病リンパ腫)やHAM(HTLV-1関連脊髄症)の原因で,ATLL発症には,母乳育児が重要な感染経路であることから,本邦では2010年より妊婦健診においてHTLV-1抗体検査を公費で実施している。内丸は齋藤らの調査による推定を引用し1),毎年2000名以上の妊婦がHTLV-1キャリアないしキャリアの疑いを指摘している。国の政策でスクリーニングが始まった当初,HTLV-1キャリアと判明した妊婦に対し,母子感染を予防する授乳方法として,完全人工栄養・3カ月(90日)までの短期母乳・凍結母乳の説明が行われ,各自がそれぞれの授乳方法の利点や欠点を考慮し,選択することが望ましいと言われていた。しかし,短期母乳選択後の断乳困難例が報告され,感染リスクが上がってしまうことが危惧されたことから2),2017年に『HTLV-1母子感染予防対策マニュアル』が改訂され,原則として完全人工栄養が推奨される方針となった。
その一方で,妊婦健診によって自身がHTLV-1キャリアと知った妊婦は,将来自分が白血病や難病を発症する可能性を知ると同時に,次世代に感染させないように自身の母乳制限について決断を迫られる。そういった妊婦や家族の相談支援は,HTLV-1総合対策の重点施策の一つで,佐賀県では2012年にA大学病院にHTLV-1専門外来(以下,専門外来)が設置された。専門外来はHTLV-1に特化し,血液・腫瘍内科のスタッフ(医師・臨床心理士)がHTLV-1感染者の健康状態の評価に加えて,HTLV-1キャリア,ATLLやHAMなどの関連疾患患者,家族のいろいろな悩みに関する相談を受け付けている。2012年5月から2017年12月までに新規で専門外来を受診した人は245名で,そのうち29.8%(73名)は妊婦であった。
筆者(柘植)は専門外来で受診者のカウンセリングを担当していたが,妊婦健診で自身の感染を知った人から,感染に対するショックや授乳方法選択の不安,自分の思いを十分に話せるような相談の場がなかったという訴えを聞いていた。これまで,妊婦健診によってHTLV-1感染が判明したり,その疑いとなった人の母乳制限にまつわる思いや実際の経験に関する調査や研究は少ない。本稿では,妊婦健診がきっかけで妊娠時に専門外来を受診した人が,妊娠中や出産後の生活で抱いた不安や相談体制に寄せる希望について明らかにする目的で調査を行い,考察と共に報告する。
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