連載 とらうべ
よだれの出ない赤ちゃん
保田 茂
1
1兵庫農漁村社会研究所(神戸大学)
pp.373
発行日 2005年5月1日
Published Date 2005/5/1
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1665100198
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- 文献概要
モンシロチョウの子どもは,かわいそうに母親を知らないままに育つ。卵からかえってキャベツの葉を食べる頃,ひらひらと畑の上に舞う母親を見ることはあっても,そばに来て大きくなるまで面倒を見てくれることは決してない。それでも,母親がキャベツの葉にタマゴを産みつけてくれていれば,スズメやアシナガバチに見つからない限り,無事に育ってサナギとなり,蝶へと変身する。やがて親となり,母親から教えられたわけでもないのに,再びキャベツの葉に卵を産みつけ,生命を次代に託して死んでいく。
母親に教えられるはずもないのに,何故,モンシロチョウは世代を越えてキャベツの葉にタマゴを産み続けるのか。誠に不思議な生命の営みである。きっと,母親が産みつけてくれたキャベツの葉さえ食べていれば安全に育つこと,そして決して飢えないことを,長い進化の過程で体得し,食習慣を決定する遺伝情報として,DNAのなかに取り込んでいるからであろう。考えてみれば,セミやトンボは子どもが卵からかえる頃,母親はとっくの昔に地上から姿を消しており,チョウよりはるかに親子の関係は断絶している。それでも,母親が卵を産みつけた場所で,遺伝情報の指示のもとに食習慣を決して変えようとはしない。
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