連載 私の一冊・24
「待つ」を超えて「待つ」ことからみえる可能性
稲葉 一人
1,2
1科学技術文明研究所
2元大阪地方裁判所
pp.358-359
発行日 2007年4月25日
Published Date 2007/4/25
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1663100684
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■「聴く」ことから「待つ」ことへ
哲学者で,大阪大学副学長の鷲田さん(先生を避けて)からは,私は大きな影響を受けている。本の価値は,その本を読んだことで,自分が経験した,あるいは考えたのに自分では言葉にできなかったことを,「言葉」にして気づかせてくれることにあると思う。そして,自分自身が変わることのきっかけとなったと後から気づく本が,私にとって価値のある一冊である。私のそのような本は,鷲田さんの名著『「聴く」ことの力─臨床哲学試論』(1999,TBSブリタニカ)であった。
私は,それまで裁判官として,もっぱら語る(質問し,評価し,判断したうえで)ことで,職業を遂行していた。しかし,裁判官を辞め,人と人との紛争を中立的な立場で解決する手伝いをするようになって,当事者を信じて,ひたすら「聴く」ことに徹した。このような紛争を解決する手法(これを促進型調停,あるいはメディエーションという)を行うに際して,この本は哲学的基礎(心の支え)となった。ここで紹介する『「待つ」ということ』は,この考えを引き継ぐものである。待つことと,聴くことは同型であるからである。
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