発言席
たおやかな迷いを
生野 照子
1
1大阪市立大学医学部小児科
pp.445
発行日 1989年6月10日
Published Date 1989/6/10
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1662207751
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- 文献概要
小児心身症の治療に長年携わっているが,いまさらながらに母子関係を外からとらえることのむずかしさを痛感する。人と人とのかかわりのなかでも,母子関係ほど"本人達にしかわからない"という表現がピッタリする関係はないであろう。母子の内面には,言動では表現しにくいアンビバレントな要因が多すぎるのである。考えてみれば誰にだって,他人にはとてもわかってはもらえなかったであろう母子間の体験が1つや2つはあるにちがいない。そして,誰のアドバイスも受けずに,悩んだり迷ったりした経験が,いまとなってはかえってプラスになっていると思えることがある。もともと母子関係とは他人が不可侵の領域であり,1対1の独自な絡み合いのなかで揺れ動く過程こそが母子を育てる。その過程で何が良かったのか悪かったのかは,長期の流れのなかで初めて位置づけられてくるものである。しかし,私達は,そんな母子の間に入りこみ,きわめてわずかな期間のかかわりから母子をとらえねばならない。援助を求められてのことではあるが,仕事としてとらえる私達の母子像と本来ある母子の内面とには,常にかなりのギャップがあることを忘れてはならないと思う。他者であることの微力さを実感することが,母子保健の実践においては出発点となるのではないだろうか。
しかし,この当たり前の原点を,専門家と呼ばれる人達はつい忘れがちになる。
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