苦言辛言
私たちの命を救ってくれた医者はいない
石川 雅夫
1
1森永ヒ素ミルク中毒"被害者"の会
pp.254-255
発行日 1974年4月10日
Published Date 1974/4/10
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1662205460
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今年,1月18日,愛媛県の被害者,亀岡憲一君(18歳)が「このままでは生きていても両親を幸せにすることはできない」と書き残してガス自殺した。身体の弱いのを苦にした覚悟の自殺であった。昨年,すでに6名の仲間を失い,ここ東京の地でも,6年間意識不明のまま,病気と闘ってきた椎名明君(18歳)が,暮れにひっそりと息をひきとった。本稿を,2名に奉げ,冥福を祈る。
事件より19年目をむかえ,20歳を目前(一部はすでに成人している)にしている私たちであるが,程度の差こそあれ,さまざまな病気障害のために,現在の生活は苦しみと不安に満ちた青春を送らざるをえなくなっている。そして,すでに400名を越えている仲間の犠牲,私たちの事件は19年たった今も解決されていない。尊い命さえ保障されていないのである。
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