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歌謡曲の示す浮世と人生
久米 茂
1
1深夜通信
pp.59
発行日 1972年11月10日
Published Date 1972/11/10
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1662205177
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底辺を告発する"訴状"
毎号かたいハナシばかりだが,実は私は軟派育ちのずっこけ組である。だから政治論や国家論なんてたいへん苦手で,それに関心も深いほうではない。新聞やテレビを見るのも政局ものや社会番組より,身上相談だの歌謡番組がピンとくる。後者には,愛・別れ・希望・未練・孤独・恋慕・望郷・思い出……など"男性自身"のあるいは"女性自身"の,いや人間そのものの実存にかかわる要素が主題となっているので私の気をひく。
〈人間の実存〉とはつまるところ,生きたい,愛したい,しあわせになりたい――という心情をめぐる一種いいがたい綾(湿りと乾きとに包まれた)の問題だろう。この〈綾〉をほぐしたり,いなしたりしながら,なんとかリクツをつけようと古人今人ともども苦労してきたが,その効果・ご利益がいかほどのものだったか怪しい。百千の宗教,万巻の論文が私たちのこの内なる迷妄や悲哀を救済し指向し得たかどうか。日本の庶民はおしなべて"どうせ2人はこの世では 花の咲かない"(枯れすすき)"遠い都の恋しさに 濡らす袂のはずかしさ"(涙を抱いた渡り鳥)に自分流の安住の点をさぐってきた。
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