連載 復帰前の医療—本土・沖繩を結ぶ・4
沖繩よ,独自の道を—許されぬ一律「本土なみ」
八代 悠紀子
1
1日本医科大学衛生学教室
pp.59
発行日 1970年8月10日
Published Date 1970/8/10
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1662204744
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私たちが浦野先生にご案内いただいて沖縄を旅したのが,ちょうど1年前の今頃でしたから,もう,本士なら真夏を思わせるような強い日射しの中を,汗だらけになって飛び回っておられるであろう先生のご様子が目に浮かびます。
昨年の4月28日には,私たちも那覇の国際通りを琉球政庁へ向かって行進するデモ隊のシュプレヒコールの中にいました。本土のデモと違い,中学や高校の,教師と生徒が手をとりあって「祖国復帰」を叫ぶ姿が感動的で,東京から来たテレビのカメラマンが1人だけヘルメットに投石よけのマスクをつけて取材しているのが,かえって妙に目立ったのを思い出します。その中で,「帰ろう母の胸に」と書いたプラカードに胸の衝かれる思いがしました。その時にはこの母が余りに素っ気ないのを情なく思い,復帰が決まった今は,何でも「祖国復帰に備えて」というかけ声のもとに一律に「本士なみ」を強制してしまうのではないか,と不安を感じます。沖縄に准看制度が生まれたことも,今後検討される保険制度も。医介輔の問題も,離島や僻地の対策も,そして公看の駐在制の問題も……。
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