コンタクトレンズ(19)
ことをなすの契機
長谷川 泉
pp.31
発行日 1960年11月10日
Published Date 1960/11/10
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1662202209
- 有料閲覧
- 文献概要
森鴎外と夏目漱石—近代日本を代表するこの2人の文豪は,あらゆる意味で対処的であつた.鴎外は士族の家の長男として生まれ,だいじに育てられたが,漱石は平民の家の末つ子に生まれ,幼時には夜店の往来でカゴの中に入れられて放置されていたようなこともあつた.留学生活にしても,鴎外は陸軍からの派遣で,留学費は十分であつた.そして「処女の官能」をそなえていて青春時代にドイツの空気を呼吸し,思うままにふるまつた.漱石は文部省からの留学で,留学費は乏しかつた.公園でパンをかじつて食事をすますようなこともあつた.中年にしての留学で,ロンドンの暗欝な空気がいやでいやでたまらなかつた.留守宅への通信には,しぎりに金が欲しいとうつたえている.そのほか.鴎外は文学博士号を貰つたが,漱石はそんなものはいらないといつてそれを蹴とばしたことなど,数えあげれば両者の対比点はきりがない程ある.ところで,あらゆる点において対蹠的なこの2人の文豪について,共通なことがらが1つあつた.それは何であるか?
それは,2人とも悪妻を持つたということである.御承知のように,鴎外は再婚して,2度目の妻を迎えた.鴎外の最初の妻は,周囲がすすめるままに見合いをして,鴎外の意志はほとんど働かされずに結婚したものである.
Copyright © 1960, Igaku-Shoin Ltd. All rights reserved.