私のたのしみ
私の娯しみデラックス
小林 富美栄
1
1厚生省医事課
pp.37-39
発行日 1958年10月10日
Published Date 1958/10/10
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1662201741
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たのしみについて書こうと思つたら余りにもたのしみが多すぎてどれを書いてよいか困つてしまう.芸無しで,無趣味な私がどうしてそんなに娯しみが多いかと知る人は不思議がる事であろう.勿論,絵を画いたり,ながめたり,音楽をきいたり,自分で演じたり,詩歌を創つたりして没我的境地に至る娯しみをもてる人はうらやましい.私の娯しみはそんな高尚なものではない.私ときたらそう楽天家でもないくせに,何でもたのしみにしてしまう悪癖があるのかもしれない.美しい洋服を着た人をみると,いつか私もあんなのを作ろうと思つてたのしくなる.国電でもバスの中でも,素晴らしい男性や,美人の女性をみると,あかずながめて現実と夢の境がつかなくなる程無性に楽しくなる.自分が魅力のない人間である事は百も承知だから,力んで選ばれた女性になろうとは思わないが美しい他人をみると,絵や彫刻をながめているのと同じ気分になる.
ある時,毎朝バスの中で実に立体的な,男性らしい様子をした男性に逢つた.物好きなもので毎朝,出来るだけそのバスに乗る事に努力したところ,大家のおばさんから,どうしてこの頃はそんなに早く出かけるのかときかれ,実は斯々しかじかと述べたところ,"そんなことなら,私や,もう明日からべんとう作らないよ,阿呆らしい"と怒られてしまつたので,早朝バスにのる事はやめた.たのしみを一つ失った訳である.
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