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びつこの手袋
坂本 久
pp.50-51
発行日 1956年4月10日
Published Date 1956/4/10
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1662201158
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流感の調べもあるので,今朝も各教室をまわる.授業中の教室をそつとあけながら入る.主のいない机を目で迫いながら,先生のきりのよいところまで待つていた.不意に冷たい小さな手が,からみついて来た.石井文子だ.学園の子供で父も母も行方不明と聞く.この子には保健室にねかせて,真新しい布団におしつこされたことがある.あのこと以来私に敬意をはらつて廊下等で会うと,よくまつわりついてくる.近頃はおできが出来ているので手当をしてやつている.
今朝は何としたことか,私と一緒に来るといつて手を離さない.それもこの子は口ではいわず動作がいつているのである.受持は「ぢや,いつておいで」と簡単に渡してくれた.
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