今月におくる言葉
杉の子の教訓
pp.5
発行日 1954年8月10日
Published Date 1954/8/10
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1662200779
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ながい冬の間何の世話もしないで箱の中に入れられていた私の小さいヒマラヤスギの子2本,今年はもう駄目らしいから抜き取つて,春の用意をしようと思いながら,忙しいままに放っておき,2週間程家を留守にして帰つて来てみたら,何と,茶色にひからびたみたいになつていた少さな,細い枝に,5耗位の大きさの,緑のチョボチヨボがいくつかついている.
「アラ!生きていたのね—」思わず眼頭が熱くなる.抜かないでよかつた,捨てないで本当によかつた,何ていじらしいこの小さな葉.それから急に元気を出して,世話をはじめた.一つの箱には將来おさまらないであろうと思つて,一本を分家させ,大型の植木鉢に入れた.其の後2カ月,メキメキ成長したこの箱の杉の子は,自由本ぽうに手足を伸ばしたかつこうで,沢山の枝を出し,葉をつけ,窓硝子をあけたてするのに,葉がさわつていたみはしないかと心配する程になつた.ところが,分家させた杉の子は,背丈こそ同じようにのびてはいるが,一向に横にはらなくて,僅かに枝を備え,小さな葉をつけているにすぎず,しかも,生気が一向にみえない.同じょうに手をかけ,世話をみていても,こんなに育ち方が違うものかしら.思うに,この杉の子達の生活の本拠である箱と,鉢の大きさの相違が,彼等を育てる栄養補給の相違となつているのであろう.雨風の強い日は,鉢こそ家の中に入れてやれても,窓ワクの外の箱は動かせないのでそのままになつていたのだ.
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