プロフィル
〈福士京子〉精神科看護を通して自分を見る—「ワクからはずれた個性が純粋にぶつかってくるんです」
吉
pp.705
発行日 1983年6月1日
Published Date 1983/6/1
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1661922986
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札幌医科大学付属病院で精神科看護を五年経験する。初めの一、二年は精神科看護を覚えることで夢中。三、四年目に分裂病患者の看護にじっくり取り組んだ。五年目にアルコール中毒患者の看護をすることになったが、アル中を病気として認めることが気持ちの上で難しかった。「酒を勝手に飲んで病気になるんだから、こういう精神科の病院に入って治療を受けること自体に疑問を感じていました」
そんな思いを抱きながら、しばらく看護を続けていくうちに、やはり病気なのかなあと思うようになったが、どこかアル中に関してはひっかかるものが残った。患者に自分を気づかせるためとはいえ、高圧的な態度をとったりするようになり「職業としてやっているうちに、自分自身が傲慢な人間になってしまうんじゃないかと恐ろしくなって」疲れも加わり、精神科を辞め外科に移った。ストレスからか円形脱毛症になったのもアル中にかかわっていた時である。
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