余白のつぶやき・14
生物学的恐怖
べっしょ ちえこ
pp.997
発行日 1980年9月1日
Published Date 1980/9/1
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1661922699
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「私はできるだけそつと降ろしたつもりなのよ。そのお年寄りの躰をね。でも、こつちは膝をついてかがんだ姿勢てしよ、いくら枯木のように痩せほそつているとはいえ男性ひとりの体重、腕ぢからだけで支えている時間には限界があつて、さいごのところではドサッとなつちやつたの。でも寝床までわずか十五センチかそこらだつたと思うな。そうしたらその人、とても痛そうに顔をしかめ,たのハッとなつたね。済まないことをしたという思いはあとからのことで、そのときは、ああそうか、そうなのか、普通の人なら何でもないことが、こういう衰弱した老人にはとびあがるほどの衝撃なんだ、という何かこうあたらしい発見でもしたようなおどろきが先だつた。看護婦になつて三十年、いまてもこんな初歩的な発見があるのよ。おそろしいことだね」
友人Yと看護のはなしをすることはめつたにない。もともと自己披瀝のきらいな人だ。私の見るところては、看護婦として最高人だと思うのだが、余のことはともかく自分の仕事に関しては、過度な表現を極端にいとう傾向がある。こんな人を前にして、生硬な看護論をぶつ気にはとうていなれないのだ。
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