対談
看護は手のワザ,理屈は灰色です—戦前から戦後へ看護はこう変わった
古屋 かのえ
,
べっしょ ちえこ
pp.174-184
発行日 1976年2月1日
Published Date 1976/2/1
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1661922559
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柳行李をあけて ここにひとり 看護と人生の 魅力的な先達がいる.日本看護のルネッサンス期 すなわち戦後20余年を教育一筋に打ち込まれ ようやく新しい看護の原理が定着しかかった1970年に 職をひいて郷里へ帰られた.以来その地で自適の生活を送っておられる.先生の人となりについては──すぐれた歌人でもある──という紹介を付すにとどめよう.なにしろ人間が大き過ぎて 私ごときの投げる貧弱な網では倒底すくいきれないのである.
かく言う私は 大先達の不肖の不肖の弟子であった.その弟子が(のろまの知恵はあとからはたらくと言うが)今になって先生から何かを盗みたいという思いに取り付かれたのである.聞けば先生の書斎には 20年分の雑記・雑筆をつめた柳行李がいくつか引退の日のまま ヒモも解かずに放ってあるという.いっちょうのぞけるものならのぞいてくるか.秋も深まってきたある日 私は録音機とシャケのくん製をぶら下げて甲州路に先生をお訪ねした.
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