プロフィル
〈田口弥生〉チェンバロの音で自分を表現する—「チェンバロは私の『ものを言いたい心』を表すのに必要な世界です」
吉
pp.825
発行日 1983年7月1日
Published Date 1983/7/1
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1661919900
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東京女子医大を創立した女医の吉岡弥生の生き方に父親がひかれていて、女でも何かを残せる人になってほしいとの願いがあったためであろうか、弥生の名をもらった。女医にはならなかったが、「自分でも女としてキチンとした仕事をしたいと思っていましたから」姉と同じ看護婦の道を選んだ。
看護学校を出て、病院の健康管理部で公衆衛生的活動に携わった後精神科で働く。「じっくり患者さんとも話ができるし、看護らしい看護や納得して仕事ができる感じでとても好きでした。ただ処置に追われてしまうのと違った余裕がありましたね」
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