特集 自分の死を知った患者への援助
死の過程への参画を
柏木 哲夫
1
1淀川キリスト教病院精神科
pp.250-255
発行日 1978年3月1日
Published Date 1978/3/1
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1661918342
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はじめに
自分の死を知った患者に看護者は何ができるのか.死は個人の問題であって,1人1人がそれぞれ死と闘うものであり,他人である看護者は何もできないのではなかろうかと仮定すれば,看護者はその仮定にしばられ,できることを制限されるであろう.
死は人間の問題であり,死にゆく患者も人間であり,看護者も人間であるから,看護者は死にゆく患者に何かができるはずだと仮定すれば,看護者はその仮定に支えられて,できる可能性をのばせるであろう.できることが援助とよべるかどうか,私にはよく分からない.しかし,自分の死を知った患者とかかわりを持ってみて私が感じるのは,その患者の生きざまに参加しようとする気持ちがこちらにあれば,マイナスのものではなく,プラスのものを,患者も私も得ることができるということである.
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