なでしこのうた
青春を彩る充実感
塩沢 美代子
pp.125
発行日 1971年3月1日
Published Date 1971/3/1
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1661915981
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K子は,いつものあわただしい生活から思うと,嘘のように静かなひとときを,大切な品物でもいとおしむような気持で,ぼんやりともの想いにふけっている。おだやかに晴れた正月2日の昼下がり,誰もいない家の中はしーんとしている。なだらかな山並みに囲まれた小さな田舎町の医院の一室である。
ここはK子の職場で,彼女は受付や健保の事務をしながら准看護婦養成の学校に通っている。いかに念願の勉強とはいえ,中学を出てから18年もたつ34歳のK子にとっては,たいへんな努力である。年輪は,人の気持を思いやったり,暗い社会を憂うる心のひだこそ深くしたけれど,身体の部分の名前や薬の名前や,あまたの病気の症状などを,片端から覚えこむ力を見事に減退させていた。自分より半分も年下の同級生とおなじ気分で張り切ってはいるが,ハンディを感じないわけにはいかない。それに健保の請求事務で徹夜したり,急患で起こされた翌日は,いくらがんばっても,ペンをノートにつけたまま先生の声がどこか遠くにかすんでしまう。ノート整理の終らぬうちに試験が追いかけてくるときなど,泣きたい気がする。
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