文学
比喩の効果—倉橋由美子「聖少女」
平山 城児
1
1立教大学文学部
pp.110-111
発行日 1966年1月1日
Published Date 1966/1/1
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1661912616
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なくなった谷崎潤一郎を記念して,谷崎賞というものがもうけられ,その第1回の受賞作は,小島信夫の『抱擁家族』ということになった。これは,おそらく,作者自身の個人的な体験をもとにして書かれた作品であろうと思われる。主人公の妻が外人と浮気をしたこと,それにともなって家族の間に起こる波紋,そして,その妻がガンになり(またしてもたガンである),ついに死んでしまったあとの家庭のなかの歪んだ状態,救いようのない状況が描かれている。もちろん,これは,従来のいわゆる私小説ではない。作者もそうなることを恐れてか,つとめて乾いた文章で,できるだけ感傷性を排除した書き方で描こうとしている。私自身も,近年,母をなくした。そのあとで,ひとり残された父と,私を含めた子供たちとの間に,どうにも処理しようのないほどの荒れ果てた状態がしばしらく続き,やり切れなかったことを経験している。だからこの作品のいわんとしているところは,よくわかるのである。しかしそれは,私の一読者としての個人的な感想にすぎないのであって,もっと客観的にその作品を考えるならば,やはり『抱擁家族』は,私小説であるといい切っていいと思う。私小説だからよいとか悪いとかいうわけではない。けれども,日本的な私小説は,あまりにも個人的な体験に密着しすぎていて,社会的なひろがりを拒否している点に,その狭さがあった。
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