想園
ネパールのドクター
森本 洋子
1
1松山赤十字看護学院
pp.73
発行日 1964年10月1日
Published Date 1964/10/1
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1661912415
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暑いまったく暑い。猛暑に見舞われて誰もがバッタリ行きそうなきょうこの頃,私たちの学院も夏休みを迎え,ナースの卵たちはおおいにハッスルしている。私もこれが学院最後の夏休みと思うと大いに有意義に過したいと思うのである。夏休みに入ってすぐ瀬戸内海のある島にキャンプに行ったが,帰ってから大変であった。今日も真赤になった体をもてあましながら第3教室に向った。5時から鳥取大学医学部の村松先生の講演があるという。先生は以前新聞紙上をにぎわしたネパールのドクターで原住民の“マヤちゃん”をわが子とし育てておられるその人だ。
壇上に立たれた先生は一見サラリーマン風で優しくほほえみながら話しかけられた。最初私の先生へのイメージはこれとは正反対のものであった。フィルムによりネパールの医療状態の貧弱さを指摘されその中で37歳という若い身体をぶっつけられ恐ろしき結核,伝染病と戦っておられるドクターのお姿が誰の目にもありありと写った。映画に構成された2本はますます私たちの心をとらえ感動の涙にひたらせた。演出がよかったからだろうか?解説者が有名人だったからだろうか?いやそうではない。もっと私たちをつかんで離さなかったのは病気に対する人間の戦いであろう。この講演は2時間であった。最初大変だなあと思った人もいたろう。
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