今月におくる言葉
御先祖様へのおみやげ
K
pp.148
発行日 1957年4月15日
Published Date 1957/4/15
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1661910324
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何事も金勘定,そろばん相手の昨今の世相がひどく,味もそつけもないものになつているのに,こんなたのしい話もあるものかと,すつかりうれしくなつたので,朝に夕にひたすら仕事に追い廻されて,自分の生活を忘れそうなナースの方々におわけしたいと思う。
私の友人が部屋を借りている或る家の女主人で,85才になる元気のよいおばあさんがある。このおばあさんが或る夜突然倒れて一時は意識不明となり,生命を危ぶまれて入院加療を行つたのだが,その入院中の留守宅で,孫娘が,「おばあさんが死んだらこれを持つていくのだといつて用意してある箱があるから,あけてみましよう」といつて出して来た。友人は興味も半分手伝つて孫娘と一緒に箱の中味を一つ一つていねいに出してみたのだそうだ。中からは,経かたびら,すげ笠,杖など型の如くあつて,其の他六文銭,これは三途の川の渡し船の代金らしい。それからきれいな錦のきんちやくに小銭が何がしか入つているのは,お小遣いと,「へそのを」も大切に黄ばんだ封書紙に包んであつたという。そして更に珍らしいものは,一つの紙包みがあつてその表に「御先祖様へおみやげ」と書いてあつたのだという。その中味については,ききもらしたが,何とうれしい,ほほえましいことではないだろうか。この85才のおばあさんは,死ぬことは少しも辛いことでも悲しいことでもなく,その時をむしろ待ちあぐんでいたかのようにも思える。
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