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後光がさす
千種 峯蔵
pp.103-105
発行日 1955年10月15日
Published Date 1955/10/15
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1661909940
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フト目が醒めた。真暗なはずの病室に,隣室の明りが,かすかにはねかえつている。隣室の老人に,又,異変があるのかも知れない。聞き耳をたてゝいると,かなり忙しく人の動く気配がする。その様子から,Nさんだなと直感した。それにしても,今何時頃か知ら。ベットに吊してある懐中時計をさぐつて,一瞬,電灯のスイッチを入れて見た。丁度2時である。前夜は寝付きがよかつたから,そうすると,大体5時間眠つたことになる。目が醒めた時の習慣で,すぐこういう計算が,頭に浮んで来る。アトは眠れそうもない。自然隣室の気配に注意が向けられる。
隣室の入口が,開いたまゝになつているらしく,巾の広い,弱い光の縞が,廊下の壁から,漆喰の天井に伸びている。Nさんは出て行つたらしい。それは,衣擦れと,入口を通る時,この光の縞が,一瞬暗くなることで,よくわかる。あとはシーンとして,何の動きもない。5分か,それとも10分位経つてから,廊下の足摺れと,入口のかげりで,Nさんの帰つて来たことがわかつた。物も言わない。物音もたてない。しかし,忙しく動いている気配である。
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