扉
大自然の教え
pp.5
発行日 1955年5月15日
Published Date 1955/5/15
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1661909822
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ロザーンヌの夕暮,左にアルプス,右に名もない小高い丘の連なり,中に抱かれたジユネーブ湖の向うに陽が沈む。フインランドの沼の夕暮の素朴さはよいが,何というかもつとリフアイン(Refine)された美しさがある。空も湖も,山も牧場も,凡てを焼きこがすかの如く,あかあかと輝やき渡る,きんらんの衣のような豪華な夕焼が,その荘麗な衣裳を一枚づつはぎ,大空のどこかに,音もなく吸いこまれていくうちに,丘の上のトンガリ帽子の教会堂も,山の中腹にチラホラみえていた美しい木組みの山小屋シヤーレーも,はるかなふもとの緑の牧場に,首につけた鈴をならしならし草をたべていた牛の群もいつの間にかみんな消えて,一はけの墨を流したように山々の姿が簿墨色の墨絵の姿に変る頃,沿岸の町に灯がともる。空はまだ明るさが残り,宵の明星がただ一つ,ピカツと姿をあらわした。静かな,静かな,夕暮。
雄大な美しさ心やすまる平和なひととき。歌にきき詩によむガリラヤの湖の夕暮とはこんなものであろうか………。でもそれでもとてもとても,絵筆にも,写真にも,丈章にもあらわしつくすことの出来ない妙なる仕組み,人力の到底及びつかない大自然の仕事,天の業。何もいわないで,何もしないで何にも考えないで,じつとそのままで,何時間でも,何日間でも,いつまでもいつまでも,ただその大きな,温い,平和なふところに抱かれてそのふん囲気にひたりつづけていたいとこい願う。
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