教養講座
読書と人生
久山 康
1
1關西学院大学
pp.35-38
発行日 1953年8月15日
Published Date 1953/8/15
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1661909386
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1読書の意味
私達は50年,60年の短い生涯を送り,やがて土に還つていかなければならないが,この1回限り生きる人生を,私達はどのように考え,どのように生きているのであろうか。思えば人間ほど同じ姿をもちながら,異る想いを懐いて生きているものもないように思われる。ある人は人間に動物の単なる進化を見,ある人は人間に神の似姿を見出す。ある人は人生を虚無への道行と観じ,ある人は人生を永遠への旅路と考える。
しかしこのような人生観の根本的な相違は,何によつて生ずるのであろうか。それは勿論,私達の遭遇する人生経験の相違にもとづくことも多いのであるが,それにもまして,私達の読書経験の相違にもとづくことが多いのである。私達が人生をいかに考えているかということは,私達がある時期に—そしてそれは多くの場合青年期に—読んだ,わづか2,3冊の,あるいは多くとも数冊の書物に,決定的な感化を受けながら,その物の見方を,自分の小さな人生経験を通して実証しつつ確信している場合が多いのである。したがつて私達が人生に目覚めるということは,書物を通して,ある人に邂逅し,その人の視力をもつて人生を広く深く展望し始めるということと同一である場合が多いのである。
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