発行日 1950年6月15日
Published Date 1950/6/15
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1661906654
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新しい世界が日本にも訪れ,自由・平等・博愛の民主々義の旗が高くかかげられることになつた。私達の過去のあやまちは,國民自身が政治を動かす事が出來なかつたことである。輿論だとか,民の聲だとか言つてはみたものの長い間政治については語ることを許されていなかつた國民の政治的關心の低さ,薄さは仕方のないことだと思う。輿論のない社會は文明社會ではないと誰かが言つた。そうすると日本はいつまでも文明國にはなれそうにない。主權在民の民主々義政治の行われる現在の日本の國民は,凡ゆる困難の中からかつての封建的な物心兩方の状態から自己を解放するために努力しなくてはならない。私達婦人も,參政權を與えられて3年になる。新憲法によつて基本的人權の平等が認められてから,婦人の地位に關してあらゆる法的措置が講ぜられ,制度上の改革も行われた。如何なる方面の職業でも,婦人なるが故に閉め出しを喰わされているものは一應殆どない。言いかえれば,婦人は一時に,消化しきれない程の權利と自由を獲得したのである。併し,ひるがえつて實生活の現實に於て,婦人は果してこの權利と自由を完全にうけいれているであろうか。職場の場合,基本給や初任給が同一でも能率給で差別がつき,重要職から遠ざけられ,整理時代のギセイ者となり,新採用時には敬遠される。既婚者や子持ちの場合の惱みは更に深いものがある。
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