発行日 1949年4月15日
Published Date 1949/4/15
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1661906457
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初夏の日ざしが手術室の窓に當つてまだ明るい靜かな6月の午後でした。術者,及び助手,看護婦4名,見學の醫員1名計7名,14の眼が一樣に手術野に集注されて嚴肅な沈黙の雰圍氣の中に腸吻合術の最後の絲が腸壁にかけられたと思つた瞬間,グラ,グラ,グラ,グラと上下左右の大震動と共に皆んなの體がよろよろとよろめいた。同時にガラス戸の倒れ破れる音,そしてあたりは!!消毒材料卓子はひつくり返り手洗ひ臺は室の眞中まで放り出され,準備室の機械棚は倒れて,あたりの壁は落ち,室は心持ち傾きかけてゐる。器械卓子をしつかりつかまへて,やゝ腰をかゞめ器械を守つてゐるH看護婦の手は震へて青ざめた顔,T醫師は消毒した手を反射的に震動のために搖れてゐる大きい照明燈へあてがつて無意識の樣に手術臺上の患者を守る。術者である院長は患者を被つた消毒布の上からしつかり患者を支へて居られる。誰かゞ小さい聲で「あゝ恐い」と叫ぶと,「靜かにせよ」深刻なT先生の顔,數秒!!既にもう術者の手は創面に動いてゐる。
數10秒,搖り返しの物凄い音,私達は目をつむつた。もう駄目だと云ふ感じがすつーと心の中を通る。患者のプルス持つ手を力一杯握つた。……それからほつとしてみんなが顔を見合せた。漸く私は無言のまゝ患者の手を離し轉がう落ちた器械を拾つて必要なもの丈を消毒液の中に入れた。水も出ない。電氣まつかない。「慌てるんではないぞ」と術者のお言葉に私達は緊張して再び來るであろう震動にも決して恐れないとお互ひの心の中に誓ひつゝこん度は死ぬかも知れないと考へた。
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