連載 買いたい新書
—柳澤桂子著—われわれはなぜ死ぬのか—死の生命科学
杉原 陽子
1
1東京大学医学部保健社会学教室
pp.194-195
発行日 1998年2月1日
Published Date 1998/2/1
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1661905537
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死を生きる
“メメント・モリ”(死を忘れるな)ということばがある.これは,中世の一時期,死を想起することで今生きている生をも喚起する術として,道徳的,宗教的,精神的な意味合いで使われていた.多くの人にとって死を直視すること,とりわけ自分の死や親しい人の死を想起することは勇気のいることであり,考えたくもないものである.また,考えたってしかたがないこととして,死を忘れ去ろうとすることが少なくない.世の中は,あたかも生の無限の向上を願うかのように健康ブームとやらが見受けられる.もちろん,健康の保持・増進はよいことであるが,健康を絶対化し,老化に対して極端な恐怖をいだくとなると問題である.単純に生だけに心を奪われ,生一辺倒になった場合,かえって生そのものを貧しくしているように思われる.生と死は表裏をなして密接に結びついており,ともに一方だけでは成り立ち得ないし,意味を見失ってしまう.だから,死をいくら忘れようとしても,それによって生は充実もしなければ,豊かにもならない.かえって生は希薄になり,輝きを失ってしまう.
このような生と死のパラドキシカルながら,ダイナミックな関連は,生命の36億年にわたる歴史の中で綿々と受け継がれてきた.地球上に生命が誕生してから,今日までに生き残ってきた生物種はこく一部であり,その陰には多くの生物種の死が存在している.
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