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2本の指に大けがを負った外国人労働者を,同僚の外国人男性が救急治療室に連れてきました.
CASE―1
Nurse:Keep pressure on this bandage. You can lie down here, while I check your blood pressure and heart rate. (Turning to co-worker.) Does he speak English?
Co-worker:He doesn’t speak any English or Japanese. Just sew it up and we will pay! (He speaks to the injured worker in a language that the nurse does not recognize.) How much will it cost to sew it up?
Nurse:How did this happen?
Co-worker:We were removing some pipes in the hospital basement. A pipe slipped.
Nurse:Don’t worry. If the accident is work-related, all of the expenses will be paid for by Workers’ Compensation.
Co-worker:Do we need insurance?
Nurse:Well, you’re supposed to have it.
Co-worker:(Again, he has an exchange with the injured worker.) If the bleeding has stopped, we’ll go.
解説
日本人の患者さんの多い病院で働く人にとって,ケース1のような状況は,妙に思われるかもしれませんが,都市圏の大病院では,こういったケースは別に珍しくはありません.外国人労働者が日本のヘルスケアシステムを理解していないため,“Do we need insurance?” 「保険が必要なのですか」ときくことはよくあります.労災保険や他の手当てを受ける権利があることを知らない人もいるからです.
しかしケース1の場合は,ただ理解していないだけではなさそうです.患者さんの同僚は,労災保険についての説明を求めるのではなく,治療に保険が必要なのかを確かめ,ナースの“you’re supposed to have it” 「当然あるはずですよ」という言葉を聞いた途端,もう治療は必要ない,といった反応をみせました.これは,この患者さんが不法で働いていて,保険制度を用いることによって,不法労働が見つかるのを恐れているからだと考えられます.不法労働者はたいてい日本人や合法的な従業員がやらないような汚い仕事や危険な仕事を安い賃金で請け負っています.それで彼らの家族の生活を支えているのです.だから不法労働が見つかったり,逮捕されたりするというのは,日本国内や海外にいる彼らの家族をもはや支援できなくなる,ということを意味する場合もあるのです.不法労働が見つかるかもしれないという恐れから,労働者自身や日本にいるその家族は,何か治療が必要な場合でも,治療を受けずにいることも少なくないようです.
医療従事者として,このような状況に遭遇した場合,どう対応すべきでしょうか.
ナースの仕事は,不法労働者を見つけることではありません.どんな状況においても,病院にいる治療の必要な人には,少なくとも必要最低限のケアを提供する状況をつくることが大切なのではないでしょうか.こう考えるとケース1において,これ以上,保険の問題について話し続けることは適切ではないでしょう.必要なケアを受ける前に,この患者さんを帰らせてしまうことになりかねないからです.
まずは,会話を治療の方向に運びましょう.それには,「まずけがを診て,あとで支払いについて考えましょう」 “let’s just look after this injury and we can worry about payment later”と言えばよいでしょう.それでもまだ相手が保険や支払いのことを気にするようであれば,「治療費はご自分で支払えます.もし後日,健康保険証を持ってくれば,お金が戻ってきますよ」“He can pay for his medical care himself. If he brings in his health insurance card later, he can get the money back”と説明しましょう.
それでは,患者さんを帰らせずにケース1の会話を続けていくにはどう話せばよいか,ケース2で確認しましょう.
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