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はじめに-DVを学ぶあなたへ
7年の臨床経験で私はさまざまな患児とその家族に出会った.親が子どもの障害や病気を受け入れられないという理由で,親から理不尽に暴力を受ける子ども.病院に置き去りにされた子ども.母親の暴力を目撃したうえに自身も暴力を受けた子どもにも出会った.家族問題から健康を害した子どもに対して,あのころの私は何もできなかった.「家族のプライベートなことにかかわってはいけない」といった,非公式の,逆らい難い暗黙のとり決めに「仕方がない」と自分を納得させていた.
その後,大阪にある児童虐待防止協会(民間団体)で虐待問題に取り組んだ.かかわった延べ1000人ほどの母親の多くは,子どもを虐待する加害者であった.と同時に,夫や自分の親から暴力を受けたことのある被害者でもあった.家庭という密室で行なわれる暴力は誰にも気づかれないが,その暴力によって家族の心身の健康は脅かされる.暴力は,身体だけでなくこころに深い傷を与える健康問題である.にもかかわらずその多くは放置されてきた.看護師は「暴力を受けている」患者に遭遇していたが,どうしたらいいかわからないというスキルの問題から現実を見過ごしてきた.暴力環境下で育つ子どもにとって,暴力の目撃体験はさまざまな成長発達過程に影響を及ぼす.とくに学童期や思春期のころに現れるため,援助者に意識がなければ早期発見は困難である.子どもの虐待とドメスティック・バイオレンス(DV)問題に取り組む専門家が,相互に乗り入れた援助方法を見いだせないでいる間にも,被害者は増えつづけていた.
気がつけばもう15年間も暴力問題に取り組んできた.この間,幾度も心の闇に惑い,無力感に苛まれた.しかし,3年前にはじめて米国マサチューセッツ州を訪れ,ボストン大学医学部および公衆衛生学部教授Elain J. Alpert氏の教えを受けて,勇気が沸いた.Alpert氏は,看護師や医師が「暴力防止支援教育」を受けることで,半数以上のDVケースは早期に発見でき,被害者の安全確保ができると断言した.また,医療者がDVについて学ぶことは,私が医療に携わる専門職である以前に,1人の人間として,暴力の被害者(または加害者)にならないためにも必要だということを理解した.
このAlpert氏の教えをうけたとき,私は思いがけず,記憶の奥にしまい込んでいた「あること」を思い出した.
―ある日,電車の中でペニスを露出する男性から痴漢に遭った.私は怒りと惨めさで声もでなかった.いまでも満員電車での異常な接触は私を動揺させる.また看護学生のころ,40歳代の受け持ち患者から性的いたずらを受けた.指導者たちは「病人だから許してあげなさい」「男は若い女性に興味を持つもの,無防備だったあなたにも非がある」と私の怒りを否めた.いまでも子どもや女性以外の病室に行くのは苦手である.
長年にわたって子どもの虐待とDV問題に取り組んできた私は,こうした体験と自分のいまの仕事を結びつけたことはなかったが,ふいに,ああそうか,と納得できた.他者をケアするためには自分自身を知ることが必要なのだ.そのことがわかったとき,まるで私のなかに新しい命が吹き込まれたように感じた.
これからこの連載でDVを学ぶあなたに,ぜひ気づいてほしいことがある.看護師にはDVの被害体験者が多く,そのことがDV被害を増幅させると,マサチューセッツ看護協会(MNA)会長のEvie Bain, RN.氏はいう.それは,被害体験者は暴力被害者の良き理解者にもなるが,その多くが被害者を取り込みすぎたり,逆に避けたり,非難したりするからである.そうした二次的暴力を防ぐためにも,看護師が暴力被害者に向き合うためには,看護師自身が受けてきた体験と向き合う必要がある.看護師が受けている暴力の実態は,患者からの暴力も,プライベートなそれもあきらかではない.しかし,暴力を受けているあなた,あなたの友人に伝えたい.相手が患者であれパートナーであれ,暴力はあなたのせいではない.「暴力を受ける側にも問題がある」「患者からの暴力を看護者は受容すべき」などと考えている限り,暴力の本質は見えない.
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