産育習俗今昔
12.幼い生命のために(最終回)
鎌田 久子
1
1成城大学
pp.1026-1029
発行日 1982年12月25日
Published Date 1982/12/25
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1611206138
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戸口のまじない
10数年も前になるが,晩秋の大和路を歩いた折,半紙に杓子の絵を書き,その中に「子供留守」と書いたものを戸口に貼ってある家を見かけたことがあった。聞けば,風邪が流行したので,こうしておけば子供にうつらないからだというのであった。戸口に子供の手形を貼っておく地方もある。福井県坂井郡などでは子供の手形を墨で紙におし,門口に貼っておくと魔除けになり,流行病にかからないと伝えている。「子供留守」の文字は,愛知県や和歌山県などでも,風邪の流行する時,この字を書いて家の戸口に貼っておくと,子供が風邪にかからぬといっている。
子供留守と手形とでは,居ない・居ると反対の意志表示であるが,共に悪霊から子供を守ろうとする親たちの願いが強く感じられて,ほほえましいものである。赤い紙に小さな手形を押したものもあるとかきいたが,まだ見かけたことはない。赤い色は疱瘡の時よく使うまじないで,赤い御幣をさしておくとか,十字路にさん俵(米俵の両端にある丸い藁のふた)に赤い御幣をさし,赤飯を供えて置いてくると,はしかにかからぬなどというのである。かつてははしかはおそろしいものであり,なるべく軽くすむようにという,親たちの切実な祈願だったのである。
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