助産婦の仲間を訪ねて・30
—山形・酒田市「太田医院」で保健指導に専念する斉藤登代さんの場合—妊娠から育児までのトータル・ケアを実践
藤原 美幸
1
1前:帝京大学病院
pp.308-311
発行日 1978年5月25日
Published Date 1978/5/25
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1611205378
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「酒田で助産婦をしております,と言いますと,どなた様も,ああ,あの大火のあったっておっしゃるんですよ。幸か不幸か山形県の云々なんて説明する必要なくなりました」と昨年晩秋,突然襲った惨禍が生々しく残っている被災地を案内してくださりながらの斉藤さんの言葉でした。
古くは米どころ庄内平野の通商の中心地,そして現在,ソヴィエトからの木材の受け入れ港と,東北における最大の工業都市・酒田。
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