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ぼくは岩手が好きである。人間がとくにいい。ついでに山も海もいい。石油産業に押されて松尾鉱山は廃坑となった。だが都会文化に劣らぬ優れた地方文化がここにはある。脱都会という流行語ではないが,農村育ちのぼくには,岩手を第二の故郷と思うほどに文化があり,いつか田老の保健婦を写したことがあるが,美しい心の持主たちであった。
工沢に及川全三という毛染(草木染め)の元祖がいる。本人の話を聞くと体制評論家の何々に育てられた人であるようだが,この老人のもとに中学を卒業したばかりの少女が弟子入りし,10年を経たという。変った人もいるものだとぼくも思うが,この娘はある有名人の子で,その母親から,及川全三氏は齢をとったので写真を撮っておいてもらいたいという申出があり,さいわいぼくは岩手県展写真部の審査に出掛けることになったので,立寄って写真を撮ったのであるが,草木染めの元祖としてぼくは及川全三氏を認めるし,表面に出てこないのには,それだけの理由もあり,体制順応の思想だからであると思うが,ぼくは人間を,信条,思想は異っても否定しないタイプであるから,変った人,すなわち一徹な人として認めるだけである。ここでいいたいのは10年弟子入りしている母親に,写真を渡して喜んでいただこうと思ったのであるが,これを言伝てで受取った母親は「この日はとても写される人はごきげんななめで,写真嫌いでいやだった」と写真を受取るときみんなの人たちにいったということであるが,体面というものはそうしてまもるものであるということを,ぼくははじめて知った。この母親はいま精薄施設の施設長であるが,ぼくがここでこの子たちの写真を撮ることも「写させてやっている」と思っているのであろうか。それはぼくにとってはどうでもいいことであるが,しかし,福祉の思想とはそういうものであってはならないはずである。だがこの目は及川全三氏は写真をとることを,とてもよろこんでいた。これは一の関の保健所の課長小野智保氏や,詩人の塩原経央が立ち合ったので,彼等がいちばんよく知っている。にもかかわらずこんなもったいぶったことを言う,有閑マダム施設長の精神構造が,岩手の山奥まで浸透するほど,偽似文化は容赦なく人間の心まで腐触してしまうのである。あえていうが岩手の心を毒さないでほしいし,むしろ地方文化は孤立した方がかえっていいのではないかとぼくは思う。これは美しい心を保ちたいからである。日本列島改造論なんて,頭のない,なさそうである人の考えだと思うし,ディスカバージャパンのカレンダーに,美しい日本人の心なんて,絶対あろうはずのないことは誰が考えてもわかることだし,みんなゴマカシの美である。
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