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日本経済新聞に連載中から,家庭の主婦の間に物議を醸したといわれる長篇小説である.40歳を過ぎた平凡なサラリーマンが主人公で,妻との間に堅実な家庭生活を営みながら,別に銀座のホステスと交渉を持ち,子供を生ませる経緯が筋の中心となっている.これの傍景として,主人公と浮気のかばい合いをしながら10代のあばずれヌード娘に入れあげて子供を生ませる60男の所業も平行して描かれている.それだけなら現代の中間読物の多くが,好んで取りあげる材料で別に珍しくもないが,男の作家が書いたものと少し異なっている点は,この小説が恋愛や情事の心理中心に描かれているのではなく,こども中心に描かれているということである.その点でこれは"こども小説"といっていいのかもしれない.作者の有吉さんは一女の母である.そのせいか女が妊娠をして子供を生み,養育に至る過程は,微に入り細を穿って描写されている。悪阻の描写などはあまりに即物的で実もふたもないので,私の夫などは新聞連載中,朝飯前にこの小説を読むと,嘔吐物の悪臭が立ち昇ってくるようで,飯がまずい,とこぼしていたほどである.
主人公の浅井は,妻の道子と15年間,結婚生活を続けているが,子供がない.その間に彼は前後3回にわたる大恋愛をしているし,一晩だけの浮気の回数は数えきれない.浅井は子供ができないのは妻が悪いのだ.と信じ込んでいる.銀座のバーの女,マチ子は,浅井が可もなく不可もなく善人でも悪人でもないとこうがいい,といって接近してくる.彼女の目的は子供を生むことである.女が30になって夫もなく,バーづとめをしているのはいかにも淋しい.彼女は長い間の水商売の経験から,人間本当に頼れるのは親子と兄弟だけだ.という結論に達しているから,結婚はできなくとも子供だけはぜひ生んでおきたい,と切実に思っている.それで浅井に,精神的にも金銭的にもまた戸籍上でもなんの期待も要求もしない,浅井の家庭を決してこわさない,という条件で,彼の子供を生むのである.浅井ははじめのうちは話があまりうますぎるので薄気味わるく思っているが,そのうち情も移り,子供が生れてからはできるだけの範囲内で,女にも子供にもやさしく尽くしている.ところが彼の正妻道子が,突然15年ぶりに妊娠し,嫡出の長男を生むのである.日向と日蔭に生れた子供の差異,両親の保護の厚さや,世間の人々の祝福の度合のあまりの違いに,マチ子は子供の母親として,次第に烈しい嫉妬をつのらせていく.
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