巻頭随想
生に立合う
大野 晋
1
1学習院大学
pp.9
発行日 1968年4月1日
Published Date 1968/4/1
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1611203538
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子供はデパートに連れて行かれることを喜ぶ.ことに食堂で何か食べさせると,心から嬉しそうに食べて,また連れて来てねとか,また来るんだとか,心をはずませる.その子供を見ていると,今から三十年,いや四十年昔,私が母や祖母に連れられて日本橋の三越に行き,あの大食堂で何か食べた時の喜びがありありと蘇って来る.今は,昔の子供が親として,自分の子供の喜びを見守る位置にいる.一つの世代がめぐったのである.
世代のめぐりは,生と死の繰返しによって進む.子供の頃,妹が母に向って「赤ちやんはどうして生れるの?私はどういうふうに生れて来たの?」と質問した時の,母の優しい,しかし困ったような,頬笑みの顔を私は,はっきり覚えている.おそらく私にも興味のある話題だったのだろう.
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